スーパーヨット界で「キャプテン冥利に尽きる仕事」とは?【現役キャプテンに聞く秘話01】

スーパーヨットを「操る側」から見たスーパーヨット秘話

ビルダーの造船所(ヤード)内では、スーパーヨットの現役キャプテンとすれ違うことが多い。初めは「ボンジョルノ、コマンダンテ(キャプテン)!」と挨拶を交わすくらいだが、オフィスで珈琲を用意する間の会話を機に、次回はこんな事を聞いてみたい…と想いを募らせ、会う度に質問を投げかけていく。すると、基本的に教える事が好きで、記憶力の優れたキャプテン達は、アポの相手を待つ間、手短に「先日の質問には、多分この本が役立つと思うよ」と参考書籍を教えてくれたり、「この前言ってたあの問題には、こんな対策があるんだよ」と、スマホで関連サイトを見せてくれたりする。時には船内でキャプテン自ら、私達一般人では気付かない短所を解説、というチャンスにも恵まれる…

もちろん私がするのは、どれも船舶や航海に関する真面目な質問なのだ。けれども、断片的にキャプテンとの談話シーンを目にする上司・同僚は「なんか二人で楽しそうだね」とニヤニヤ顔。しかしイタリアでは、これもミーティング前のお愛嬌といった感じで、和やかにそれぞれの持ち場へ戻るのであった。

こうした日常の中でキャプテン達から得る見聞を、スーパーヨットを「操る」側から見たスーパーヨット秘話として、当サイトの読者へお届けしようと思う。そして本シリーズ第1弾には、日本とかなり深い関係を持つキャプテン、ロザリオ・フォルトゥーナ Rosario Fortuna 氏のインタビューを取り上げる。

東京都の視察船「東京みなと丸」の乗員訓練(2020年1月東京湾にて)

キャリア40年のキャプテン インタビュー

  • サーロ=キャプテン ロザリオの愛称
  • Yuky=執筆者

Yuky:キャプテンにご連絡する時は、今どちらの時差エリアにいらっしゃるのかを考えて、メッセージを送っています。(笑)それほどキャプテンは、ほとんどイタリアにいらっしゃらず、このコロナ禍でも、海外でお仕事をされていますね。

サーロ:幸い、方々から声が掛かるね。確かに、ほとんど自宅にはいられないけれど、フリーランスキャプテンとして、1つ1つの仕事へ真摯に向き合った結果かな? 今年2020年の幕開けは、東京からだった。ベネッティ社が受注した東京都の公共事業「視察船製造」の引渡しがあって、1月はずっと東京湾で「東京みなと丸」の乗員訓練や船の最終調整をした。ハードだったなぁ… 東京をゆっくり観光する時間なんて、全く無かった!(笑)その後いったんイタリアへ戻ったら、次は2月後半から5月まで南シナ海へ。ベネッティ社の55mスーパーヨット Lady Candy のプライベートクルーズと定期点検を担当。それが終わったら、再び2週間イタリアへ戻り、今度はオーストラリアに飛んで、6月から10月初めまで、オーヴァーマリン社のMangusta GranSport 54シリーズ El Leon のクルーズと定期点検を担当したよ。

Yuky:うわ、El Leonですか!? あの受賞歴の多い… 

El Leon 外観

サーロ:いやあ… El Leonだけでなく、他にも受賞歴のあるスーパーヨットを数々操船してるよ(笑)名前を挙げられないくらい。でも他のキャプテンでは、なかなか経験できない仕事の依頼が来ると、キャプテン冥利に尽きる思いがするね。

Yuky:他のキャプテンではできない仕事ですか、具体的に伺ってもいいですか?

サーロ:僕のWEBサイトを参照してもらえれば分かる通り、色々なカテゴリの国際ライセンスの他に、僕の場合は、指導者のライセンスも保持しているんだ。そのため、MTUのエンジンや、ロールス・ロイス  カメワ Rolls-Royce KaMeWa のウォータージェットが搭載された船の、訓練教官として招聘がよく来る。最近で言えば、リビア警察のパトロール船かな。訓練は1ヶ月間、理論と実技の半々で構成される。この訓練でお互いにとって一番印象的だったのは、30ノット以上の風(=時速54km、強い台風並みの風)の中、出航したこと。大しけの海を前に警官達は「今日は出られませんね。やめておきましょう。」と言っていた。けれどもそれに対し僕は、「君達、何を言っているんだ!?プライベート船ならまだしも、君達の職務から考えれば、非常時にこそ、しっかり、こうした海へ出ていけるようでなければ!!」と答えた。実際そうだからね。それで出航して、大しけの海での操船を実演して見せた。僕の長年の経験に照らし合わせれば、決して命懸けの無茶な行為ではなく、十分に船は僕の管理下にあったけれど、彼らにとっては、とにかく初めての経験だったのだろう。将来の参考になってくれれば嬉しいよ。

大しけの海(イメージ画像)

Yuky:… あ、すみません。大しけの海を想像して、つい言葉を失いました。キャプテンの仰る通りですね。長年の経験により「感覚的に分かる域」まで達せられ、後進にそれを実演しノウハウを伝えていくのは、本当に重要で、まさに、熟練のキャプテンにしかできない任務だと思います。

サーロ:他にも、長年の航海経験が重宝されるケースがあるよ。僕もワクワクする、エキサイティングな仕事と言えば、新造船の建造工程で、操船する立場からアドバイスをする事。そしてチーム全員で多角的に検証し、ハイクオリティなスーパーヨットを作り上げていく。比較的最近の事例では、オーヴァーマリン社のMangusta Oceano 43 シリーズの1号艇 Namasté だね。

Yuky:ベネッティ社や、オーヴァーマリン社との仕事が多いようですね。Namasté も複数受賞したスーパーヨットですし。

サーロ:いや、たまたま今、話がそれらのビルダーに集中しただけであって、他のヨットビルダーともかなり仕事しているよ。フェレッティグループのRivaとは、長い付き合いになったし、パルンボグループのISA、帆船のペリー二とも仕事をした。

2007年から2年間、世界のボートショーでRiva 展示船のキャプテンを務めた。写真はRiva 68’ Ego Super

Yuky:失礼いたしました。では新造船の Namasté のお話を聞かせて頂けますか?Namasté はカンヌのボートショーで2016年に、38〜54mのモーターヨットのカテゴリーで「レイアウト最優秀賞」を受賞し、2018年にはフォート・ローダーデールで「ボートショー最優秀賞」を受賞していますね。

Mangusta Oceano 43 シリーズの1号艇 Namasté 

サーロ:1号艇 Namasté の輝かしいデビューにより、その後 Mangusta Oceano 43 シリーズは売れ筋人気モデルになったんだ。シリーズの1号艇がいかに重要か、僕も含めて建造チームは分かっているから、膨大な時間、議論を重ねた。どのキャプテンが操作しても安心で、機能的であるよう、いわば僕が全キャプテンの代表として、きちんと伝えなければ!という気概で臨んだ。なぜなら、設計室で図面引いてる人達は、彼らの考えたデザインが、実際の航海においてどのような影響・障害になるか想像つかない。そのまま商品化されてしまうと、キャプテン側からは扱いにくい、言うならば、デザイン上は格好良いが「危なっかしい船」が完成する。悲しいことに世の中には、そういう事例が多いんだ…キャプテンは、船内の全ての人命を預かる立場、だからこちらも真剣で屈せずに議論した。チーム一丸で作り上げた結果は、あの通り世界からの称賛。Namasté は操作性も抜群だし、操舵室も素晴らしい仕上がりになって… そうそう、日本のFURUNO(古野電気)の航海機器を全面に使用したんだけど、日本本社からも見学者が来て、プロモーションに使うからってビデオを撮影していったよ。(笑)

スーパーヨット界では、出来上がった船の操船だけがキャプテンの仕事ではなく、建造や修理、リフィッティングにおいて、ベテランキャプテンの経験と知識が生かされる。ビルダーもそれを理解しており、キャプテンの声に耳を傾ける。クオリティの高いスーパーヨットは、こうして誕生する。

サーロ:キャプテンとして建造に際し意見を言うのは、なにも操舵室だけではなく「船全体に至る」のだよ。キリがないからごく一部だけ、分かりやすい例をあげよう。たとえば、排気の嫌な匂いに悩まされず快適に過ごすには、排気をどのような方法でどこへ排出するかが、船のパフォーマンスと居住性に大きく影響する。また、エアコンのフィルターは毎年交換しないといけないから、それを前提に、取外ししやすい位置に配置すべきなんだ。仮にもしフィルターが、やがて来る大型機器の背後に設置されては大変だ。将来フィルターが交換できず、船内の空気に問題が生じるだろう。マストや船外照明の位置にしても同じことが言える。戸棚の扉の開閉も、利便性だけでなく船内にいる人の安全にも関わる。だから、どんなに些細な事にも、注意深い検証が必要なんだよ。

船内のありとあらゆる物の配置は、設計室の机上や現場で、偶然決められるのではない。全て細かい検証がもとになっている。しかも、建造中に出入りする下請け施工業者達が、船の完成形を頭で共有している訳ではないから、こちらがしっかり誘導しないといけない。

Yuky:なるほど、かなり具体的な事例を挙げて下さったお陰で、受賞ヨットの記事や映像、スペック情報だけでは分からない背景を垣間見たような気がします。どうも有難うございます。ところでキャプテン ロザリオは、500〜3000GTの商船のキャプテンライセンスをIMO、およびMCAから常に更新取得されていて、さらに3000GT以上の商船のチーフオフィサーライセンスもお持ちですね。だからベネッティ社で、東京都の東京みなと丸プロジェクトと並行して、107mのジガヨットLanaのシートライアルをアシストしていらっしゃったのですか。さらに気になるのは、ヨルダン王室のスーパーヨットのキャプテンを務められた時のこと… あまりにも伺いたいことが多いため、複数回に分けてインタビューをさせて頂きたいのですが、よろしいですか?

サーロ:いいですよ、またその時はメッセージを送って下さい。

Yuky:お言葉に甘えてそうさせて頂きます。グラツィエ・ミッレ、コマンダンテ!

キャプテン ロザリオが登場する、古野電気プロモーションビデオがこちら↓↓ 3分49秒間の動画の中で「マリンライフの未来を見る」というタイトルが表示された後、1分52〜56秒あたりにチラッとMangusta Oceano 43 Namasté の外観、続いて操舵室にいるキャプテン ロザリオが映る。
古野電気プロモーションビデオ内のキャプテン ロザリオ

Yuky

Yuky

イタリアのスーパーヨットビルダー勤務。培った知識や情報をアウトプットすることで、誰かを幸せにできるという信念の下、当サイトで執筆中。

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